東京高等裁判所 平成元年(行ケ)91号 判決
一 請求の原因一及び二は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の本件審決の取消事由について検討する。
1 本件審決の認定判断中、本願商標からは「エタゾール」、引用A商標からは「レタゾール」の称呼を生ずるものと認められること、本願商標より生ずる「エタゾール」と引用A商標より生ずる「レタゾール」とを比較すると、両者は共に長音を含む四音構成よりなり、語頭音の「エ」と「レ」の差異を除いては、他の構成配列音を同一にするものであること及びその差異音は母音(e)を共通にする音であることは原告の認めるところである。
語頭音の「エ」と「レ」とは、右のとおり母音を共通にする音であり、その差異は、「レ」が子音と母音(e)とを結合した音であるのに対し、「エ」は母音(e)のみで子音を含まないところにあることは自ずと明らかである。
ところで、「レ」の子音は、舌先が上の歯茎の裏を弾くようにして調音され、あるいは、特に語頭に有る場合は人により、舌先が上の歯茎の裏に密着し、舌の側面から呼気を流出させるようにして調音される有声音であることは音声学上公知の事実であり、その子音は、同じく舌先と上の歯茎の裏で調音されるが、調音の方法が破裂音である「タ」の子音、摩擦音である「ゾ」の子音と比較すると、滑らかであるが弱く感じられる音であり、また、「レ」と「エ」に共通の母音(e)は、「タ」の母音である(a)や、「ゾー」の長母音と比較すると響きが弱く感じられる音である(原告も、「エ」の音は音質が軽く、聴者に与える印象は非常に弱いことを認めるところである。)。
したがつて、「エタゾール」と「レタゾール」の二つの称呼の語頭の差異音「エ」、「レ」は、母音を共通にし、かつ、「レ」の子音が比較的滑らかで弱いので、比較的近似した音であると認められ、さらに、語頭音に続く「タゾール」の音を共通にするのみか、第二音の「タ」の音及びこれに続く「ゾー」の音は、子音、母音ともに、語頭の「エ」、「レ」の音よりも強く感じられるのであり、「エタゾール」と「レタゾール」を各個別に一連に称呼するときには、語頭の「エ」、「レ」の音の差異にもかかわらず、全体の語調、語感が極めて似たものとなり、両者は相紛れるおそれがあるものと認められる。
よつて、本願商標と引用A商標は称呼上類似するものと認められ、これと判断を同じくする本件審決の認定判断には、原告主張の誤りはない。
2 原告は、両者の称呼は、類否の識別上最も重要な要素を占める語頭音において、「エ」と「レ」の差異があることを、両者の称呼が類似しないことの根拠の一つとして主張する。
称呼の類否の判断上、差異音が称呼の語頭にあることは、称呼の差異を識別する重要な要素の一つではあるが、それのみが重要な要素ではなく、称呼の類否については、他の諸要素をも合わせて判断すべきところ、本件においては、前記1の諸要素を合わせて検討すれば、語頭音に右のとおり差異があることを考慮してもなお、両者の称呼は類似するものと認めるのが相当である。
また、原告は、「レ」は、舌面を硬口蓋に近付け有声の気息を通じて発声する摩擦子音(r)と母音(e)とを結合した音節であるから、その音質は「エ」と異なり重厚で「レ」に置かれるアクセントは相当に強く異質の音感を与えると主張する。
しかし、「レ」の子音の調音場所、調音方法は前記1のとおりであり、「レ」の子音は、音声学上、弾き音、側面音に当たり、摩擦音ではない。また、「レ」の音質が「エ」と異なり重厚であること及び「エタゾール」と「レタゾール」とでは、アクセントが異なり、「レ」に置かれるアクセントが相当に強いことを、各認めるに足りる証拠はない。
さらに、原告は、両者の称呼が四音という短い音構成であることもあいまつて、両者における差異が全体の称呼に及ぼす影響は極めて大きいと主張するが、両者の称呼が長音を含む四音五拍の音構成であることは、その称呼から自明であり、本件においては、そのことを前提として前記1のとおり両者は類似すると判断することができるものである。
三 よつて、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本件請求は理由がないからこれを棄却する。
〔編注〕本件における特許庁における手続の経緯は左のとおりである。
原告は、昭和五八年三月二三日、「ETHASOL」の欧文字と「エタゾール」の片仮名文字を上下二段に横書きにしてなる商標(以下、「本願商標」という。)について、指定商品を第一類「化学品(他の類に属するものを除く)、薬剤、医療補助品」として、商標登録出願をした(同年商標登録願第二五九六六号)が、昭和五九年一〇月二五日に拒絶査定を受けたので、昭和六〇年一月五日、これに対し審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第六三六号事件として審理した上、平成元年三月二日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年四月一〇日原告に送達された。